2009年05月17日

「一生涯の目的を達成せんとするものは、いかなる固執も、障害も、目前の名利も介さず、忍ぶ、粘る、堅忍持久、終始一貫、最後の目的に突進することである。」


ひらめき「一生涯の目的を達成せんとするものは、いかなる固執も、障害も、目前の名利も介さず、忍ぶ、粘る、堅忍持久、終始一貫、最後の目的に突進することである。」

ひらめき「事業は良い計画を立て、時を活かすことにより成功する。先の先を見透かして事業を始める。気は長く持つが、行う時は気短でなければならぬ。」

ひらめき「時世の変化を洞察して時勢に一歩先んじ、よりよい製品を創造して社会の進歩発展に役立つよう心がけ、社会への貢献が大きければ大きいほど事業は繁栄する。」

ひらめき「生活向上に役立ち、人の幸福を増す製品をつくることが成功の基である」

ひらめき「一個人としていかに優秀でも、他人と仲よく働くことのできぬ人は、集団生活においていちばん厄介な人である」



 これらの言葉は、ブリヂストンの創業者 石橋正二郎氏の名言です。


 石橋氏は、1889(明治22)年、福岡県久留米市で和服の仕立物屋「志まや」の次男として生まれました。


 父が病に倒れたことから進学を断念、兄と一緒に「志まや」を継ぐことになります。しかし、この年の暮れに兄が徴兵されてしまい、17歳という若さで実質的に正二郎氏が一人で家業を経営することになります。


 若さゆえ、同業者からの嫌がらせや職人のサボタージュなども経験しましたが、それを乗り越え、古い考えに固執することなく、新しいアイデアを積極的に取り入れていきました。


 最初にやったことが、業務内容を着物の仕立てから足袋製造に転換することでした。周囲の猛反対もありましたが、足袋の裏にゴムを貼り付けるという斬新なアイデアで「地下足袋」を考案し、大成功させました。


 そしてゴムという新素材から次に目をつけたのが自動車タイヤ。当時の日本の自動車はわずか4〜5万台であり、そのタイヤはグッドイヤー、ミシュラン、ダンロップといった外国製品でした。しかし将来自動車が大量に増えると予測した石橋氏は周囲の反対を押し切り、試作品が完成した翌1931(昭和6)年には、ブリヂストンタイヤを設立、久留米に工場を建設し本格的な生産を開始します。


 石橋の石(Stone)と橋(Bridge)を逆さから読み、「ブリヂストン(BRIDGESTONE)」という社名としたことは有名です。 


 そしてナイロンタイヤやレーヨンタイヤを発売し、合成ゴムの開発に成功するなど、常に斬新なアイディアで業界トップを走り、世界からも認められます。


 17歳という年齢で、突然一人で会社の経営をしなければならなくなった苦労は想像以上のものですが、その石橋氏は自身の経験から数々の名言を残しています。


 ちなみに石橋正二郎氏は、民主党代表となった鳩山由紀夫氏、現総務大臣鳩山邦夫氏の母方の祖父(母の父)です。(父方の祖父は鳩山一郎元首相)


posted by 千葉は千葉でも@幕張本郷 at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。